今回は、ハワイ州で和太鼓教室を主宰し、ライブパフォーマンスを通じて和太鼓の魅力を発信している中井勉さんにお話を伺いました。
1. Please tell us about your journey coming to the United States.
日本では不動産会社を経営しながら、子どもたちや社会人の太鼓チームを指導し、自分でも太鼓チームを立ち上げてコンサート活動をしていました。東日本大震災を東京で経験し、「人生は何が起こるかわからない。本当にやりたいことに挑戦しよう」という思いが強くなりました。
妻の「子どもを英語圏で育てたい」という希望もあり、和太鼓教室を本業として開く決意をしました。ハワイを選んだ理由は、治安や気候の良さに加え、日系人が多く盆踊りなど日本文化が根付いており、太鼓への理解がある環境だからです。独自の和太鼓スタイルを持つ私にとって、多様な文化を尊重するハワイは、自分らしく活動できる場所だと考えました。
2.現在はどのようなお仕事をされていますか?
ブルーノートハワイをはじめ、さまざまな舞台で年間約40本の演奏活動を行っています。同時に、2歳から80代まで約100人の生徒に和太鼓「ドラゴンビート」を指導しており、レッスンでは伝統と楽しさの融合を心がけています。
また、日本文化を伝える活動にも力を入れています。ハワイの盆踊り「ボン・ダンス」に参加するほか、「ドラゴンビート祭り」を開催。和太鼓の演奏に加え、グルメ屋台や日本の伝統的な遊びも取り入れ、日本の夏祭りを体験できる場をつくっています。
3.その仕事を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
父は和太鼓奏者で、お祭りでは櫓の上で太鼓を打ち、盆踊りでは音頭取りも務めていました。豆がつぶれて血がにじんでも、長時間一人で打ち続ける姿は周囲から称賛され、私にはとてもかっこよく映りました。幼い頃そんな父に憧れ、風呂場で洗面器を太鼓代わりに教わったことが、和太鼓を始めるきっかけでした。
その後、盆太鼓を極める中で、10代の頃にプロの舞台で多様な表現に触れ、本格的に和太鼓の地域ごとの様々なジャンルやスタイルを学び始めました。地域活動にも積極的に参加し、青年会議所在籍中には1,200人規模の和太鼓フェスティバルを企画・運営し、司会も努めました。このフェスティバルは好評で後に何年も続くイベントになりました。こうした経験を通じて、和太鼓の文化を発信する魅力を強く感じるようになりました。
4. 仕事をする中で感じる魅力や難しさについてお聞かせください。
かつて自分が父に憧れたように、子どもが「和太鼓ってかっこいい」と感じてくれることが大きな喜びです。また、自分たちの好きなことで人に感動を届けられることが、この活動の魅力だと感じています。
最近は、大きな舞台で演奏する機会にも恵まれています。毎年恒例のブルーノートハワイでの単独ライブで300人の会場を満席にしたり、パン・パシフィック・フェスティバルではオープニングとフィナーレを任されました。そうした舞台を重ね、メンバーの結束も深まり、失敗も成功も次につながる大切な経験になっています。和太鼓の魅力が広がっていることにやりがいを感じています。
一方で、アメリカでの活動にあたっては、多くの課題もありました。ビザ取得や高価な和太鼓の購入・運搬・保管、音を出せる練習場所の確保などです。さらに、人の入れ替わりが多いことにも難しさを感じています。練習を積んでせっかくパフォーマーになった生徒がハワイを離れてしまうこともあります。それでも、新しい出会いを大切にしながら和太鼓の楽しさを伝えたいと思っています。
5. アメリカ生活の中で、「もう無理かもしれない」と思った瞬間はありますか?どのように乗り越えたり、受け入れたりしましたか?
当初は英語で思うようにコミュニケーションが取れず、言葉の壁に苦労しました。自分の思いをうまく伝えられず、精神的に追い詰められることもありました。仕事が終わると毎日英語の勉強を続けましたが、なかなか上達を実感できず、焦りばかりが募っていました。 今では、日本語や日本文化を子どもに伝えたいという日系のご家庭も多く、日本語やボディランゲージも交えながら、リラックスした雰囲気で指導しています。
成功できるという自信はありましたが、本当に生活していけるのかという不安も常にありました。その不安を乗り越えるために、毎日本気で演奏し、生徒たちには本物の演奏を通して「こうすればできるようになる」と示し続けてきました.腰を痛めたり、声が出なくなるまで疲れ切ったりしながら実績を積み上げ、ブルーノートハワイで演奏できるようになるまでの道のりは大変でした。
当時は、私のことも新しい和太鼓のスタイルもほとんど知られていませんでした。小さな新聞広告を出し、演奏活動を重ねながら、口コミで少しずつ活動の輪を広げていきました。教室を開く際には、ハワイで日本文化を教える先生方が活動に共感し、見返りを求めず支えてくださいました。その支えもあり、2年目頃から生徒が増えていきました。
伝統的な和太鼓チームとの共存も決して簡単ではありませんでしたが、今では地域のお祭りで一緒に演奏するまでになりました。地道な努力と人とのつながりの積み重ねが、現在の活動につながっていると感じています。
6.アメリカにきて、印象に残った価値観や日本との違いはありますか?
最も印象に残ったのは、家族をとても大切にする文化です。日本では仕事や周囲への気配りを優先する場面もありますが、ハワイでは家族と過ごす時間を何よりも大切にしていて、家族の絆の強さを実感しました。
また、知らない人とも気軽に会話を交わす温かい雰囲気や、ゆったりとした暮らしの中で自然にコミュニケーションが生まれる文化にも、大きな魅力を感じています。
7. 今後の活動をどう進めていきたいですか?
今後は、もしハワイで和太鼓ドラゴンビートを受け継ぎ、教えていける人が育てば、自分はアメリカ本土へ進み、新しい場所で道を切り開き、和太鼓の魅力や文化をさらに広げていきたいと考えています。
和太鼓は、音楽経験や年齢に関係なく、誰でも楽しめる楽器です。音階ではなくリズムで表現するため、子どもから大人まで、それぞれのパートで一緒に一つの音を作り上げることができます。新しく始めた人も、長く続けている人も、同じステージで演奏できる。それが和太鼓の大きな魅力です。その一体感や、楽しみながら心を一つにして情熱を込めて演奏する姿が、観る人の感動にもつながるのだと思います。
私はいつも「この音の振動を感じてください」と伝えています。和太鼓は、ただ聴くだけではなく、自分で打つことで楽しさや魅力をより深く感じられる楽器です。その体験を一人でも多くの人に届けることが、私の使命だと感じています。
和太鼓は、100年、200年と受け継いでいくことのできる文化です。だからこそ、いつか私がハワイをテーマに作曲したオリジナル曲や、ドラゴンビート独自のスタイルが、100年後にも一つの伝統として受け継がれていたら嬉しいです。それが私の大きな目標です。
8.アメリカで、これから何かを始めようと思っている日本人の方にメッセージをお願いします。
失敗を恐れず、まず一歩を踏み出すことが大切だと思います。不安があっても、目の前のことに真剣に向き合い行動を続けることで、少しずつ道は開けていきます。
失敗は、前に進んでいるからこそ経験するものです。すぐにできるようになるのは難しいからこそ、自分にできることから挑戦し、変化や成長を楽しんでほしいです。
また、時間を守る姿勢や丁寧さ、真面目に取り組む姿勢は、日本人の大きな強みです。そこにアメリカの良さを取り入れ、自分らしさを大切にしながら一歩ずつ進んでほしいと思います。
和太鼓教室「ドラゴンビート」
Dragon Beat Taiko Hawaii | Facebook
https://www.instagram.com/dragon_beat_hawaii
★ Interviewer's note
2歳の子どもでも演奏できるのですか」とお尋ねしたところ、小さな子どもは歌に合わせて太鼓を叩いたり、体を動かしたりしながら、遊びの延長で自然に音楽に親しんでいくそうです。また、高齢の方の中には、和太鼓を脳のトレーニングやエクササイズとして楽しんでいる方もいると伺いました。
和太鼓については、これまで深く知る機会がありませんでしたが、空気を震わせて体の芯まで響く迫力ある音や、空間いっぱいに広がる豊かな響きから、全身で味わう体感型の芸術であることを知りました。その振動が体全体に伝わる心地よさと、躍動感あふれる力強い演奏が調和し、見る人の心を揺さぶることが和太鼓の大きな魅力なのだと思いました。
中井さんは、ピアノやギターの経験もありながら、和太鼓は52年間続けてこられたそうです。その姿から、まずは心が動いたことに挑戦してみることの大切さを感じました。たとえ途中で違うと感じても、新たな道を探せばいい。心から楽しめるものに出会えれば、毎日に喜びや目標が生まれ、新しい挑戦や可能性も広がっていくのではないでしょうか。
これからもドラゴンビートの力強い和太鼓の響きで、多くの人の心を動かし、感動を届け続けてほしいと思います。
取材・執筆:ビュフター一枝






