今回は、ハワイ州(HI)在住のインテリアデザイナー/ブランディングコンサルタントの宮本牧子さんにお話を伺いました。
1. Please tell us about your journey coming to the United States.
武蔵野美術大学を卒業後、ニューヨーク(NY)のアート・デザインの世界をこの目で見てみたい、それから日本で仕事をしようと思い、アートスクールに2、3年行くことにしました。その後、創造性溢れるNYでもう少し勉強して、力試しをしたくなりました。有名な大学院はもう入学願書の締め切りが過ぎていたので、まだ間にあう学校を探し、海辺に近く魅力的なNY州立大学ストーニーブルーク校に申し込む事にしました。たまたま3年間の試験的なプログラムを実施していて、運よく条件にあったようで合格しました。奨学金も、申請していないのに支給されるとの予想外の展開に、嘘ではないかと半信半疑で1か月間放っておきました。親にも受験したことを話していなかったのですが、学校から何度も連絡がきたので一度見学に行き、大学院生とも話をして、ようやく進学する決意をしました。
2.現在のお仕事、あるいは今、情熱をもって取り組んでいること、好きでやっていることは何ですか?
やっぱりモノを作ることが好きです。会社員時代、仕事の後にアートスタジオに行って、作品を作っては展示会に送り、寝る暇もなく5年間二足の草鞋を履いていました。
3.その仕事をすることになったきっかけは何ですか?
ブランディングの仕事で、シンガポールのセントーサ島の開発プロジェクトに関わり、ディズニーコンサートホールを設計した世界的に有名な建築家フランク・ゲーリー*さんと一緒に仕事をする機会に恵まれました。斬新な思考と手法で、まるで彫刻のような建築物を創造していく過程は間違いなくアートで、アート作品は展示会に置くものだけではないとはっと驚かされました。
そこで自分がアート作品を作る理由を一から見直し、ギャラリーや美術館でアート鑑賞者のために空間を作るより、一般の人が日常的に使う場所、例えばレストラン、ホテル、病院などもほっと安らげる空間に変えられるのではないかと気づきました。今まで学んだ事、やりたかった事、過去のすべてが一本の線で繋がった瞬間でした。インテリアデザインですべきことを見出したと、とても興奮したのを覚えています。そして無謀にも会社を辞め、アート作品から離れ、フリーランサーになることにしました。
それからは知人友人からインテリアデザインの可能性のありそうな話を聞くと、勝手にポートフォリオを作成して提案し、小さな仕事を得ることができるようになりました。最初の頃は無料で仕事を引き受けたり、物々交換的に仕事の機会を得ていました。ある時、折り紙スタジオ開設の話を聞き、ブランディングからインテリアデザインまでのプレゼンテーションを行い、大通りに面した人の出入りの多いスタジオと店舗のデザインを任せられました。それを転機に、評判と人脈が広がり色々な人から依頼が来るようになりました。
不安定な仕事だったけど、自分の好きな事ができるだけでなく、臨機応変なスケジュールも性に合っていました。会社にいた頃、プレゼンテーションの仕方、クライアントとの話し方、何をアプローチしなければけないのか、仕事の順序など学んだおかけで、フリーランサーになった時、大変助かりました。
*(編注)フランク・ゲーリーのプロジェクト例https://www.re-thinkingthefuture.com/design-studio-portfolios/frank-gehry-15-iconic-projects/
4. その仕事の楽しいところ、大変なところを教えてください。
デザインの仕事は、初めは全体像をパソコンの画面だけで見ますが、それが実際に完成した時が楽しいです。
大変なのは、プロセスが長いことです。提案する時は夢が広がっているけど、実現させる過程で、予算、クライアントの要望、技術的、時間的な事、ブランド構築などをまとめ上げる事に苦労します。思い通りにいかないことが多々あるし、プロジェクトが大きいと色々な人が関わり、初めとは全然違った形になります。ブランディングの会社で大企業と仕事をしてた時は学ぶこともあり面白かったけど、規模が大きく、3か月間休みなしで働いた時は、緊張状態が続いて精魂尽き果てました。
5. アメリカ生活で、苦労したこと、日本に帰りたくなった体験があれば、教えてください。
大学院では、英語力不足と物覚えが悪いことで苦労しました。レポートを出すのに時間が足りず、本の目次を見て読めそうな章だけ読んで、レポート20枚を書いたこともありました。またアート作品を作るだけでいいと思っていましたが、実際は哲学や過程を説明することを求められました。「なぜここにたどり着いたのか」「なぜこの素材を使ったのか」など、論理的に説明するのが難しかったです。言葉にならないものをアートで表現しているのに、見て感じるものを言語化する教育に腹立たしさも感じました。大学院1年生の時は本当に大変で日本に帰りたいと思った事もありますが、これをこなし卒業できたら、自信を持って生きていけると思いました。
6.アメリカにきて、自分が成長したとおもえるようなきっかけ・ 体験談ありますか?
学生時代はお客さんとして来ている感じがしました。けれど仕事を始め、自分の能力を使って報酬を得るということは、英語を100%理解し、きちんと話さなければいけない。アメリカ人の一員としてビジネスに関わる緊張感と責任感を実感したことで、成長したと思います。また、仕事ができないとすぐに解雇される厳しさを見てきました。残らなければいけないという気持ちが、やる気を高めました。
7. 今後の夢や目標は?今後の活動をどうやって進めていきたいですか?
NYにいた時は、次は何ができるだろうかと走り続けることしか考えていませんでした。今は結婚して、人生のパートナーの事も考え、ハワイ州で出来る事を始めていきたいと思うようになりました。地元のアーティスト、デザイナーと少しずつここを良くすることをやっていきたい。また、自分の家を設計し、日本と2拠点にしていきたいと思っています。
8.アメリカにいて、やりたいことが見つからなくてもやもやしている日本人へのメッセージはありますか?
まずは、色々な人に会った方がいいと思います。自分の好きな事や興味のある事、やってきたことの話をしておくと、思いもよらない、関係のない所から声がかかることがあります。人との繋がりが大切だと実感しています。誰も知らない所に来た時や何をしていいか分からない時は、今まで気になっていた事を始めてみるのもいいと思います。好きな事が一緒だと友達になりやすいです。私はハワイ州に来て陶芸を始めました。陶芸もいつか面白い企画に繋げられたらいいなと思っています。
宮本牧子さんのホームページ http://www.makikom.com/
★ Interviewer's note
インテリアデザイン/ブランディンクの仕事は想像していた華やかな仕事とはだいぶ違いました。デザイン力、建築知識の他、クライアントや施工業者と意思疎通を図り、要望を的確に反映するための対話力が求められました。また、何か月にも及ぶプロジェクトでは、集中力、忍耐力も必要で、色々な条件の中で調整する管理能力が不可欠な大変な仕事でした。
宮本さんは、最初からやりたい仕事ができない時でも、「自分のやりたいこと」を大切に持ち続け、できる仕事から経験を積み、常に前向きな姿勢で挑戦してきました。地道な努力を惜しまず、自分で生きていく力を身につけたと思いました。幸せな仕事と働き方をしたいと願いつづけることが前に進める原動力になるのかもしれません。
これからも「この空間で過ごすのが、楽しみ!」「素敵!」と言わせる作品を生み出してくれると思います。人々の毎日を楽しくさせるクリエーションを作り続けてください。
取材・執筆:ビュフター一枝






