私の生き方 インタビュー

#37. 頼れる場所のない環境が、私の力を引き出してくれた。大切なのは人生の軸を持ち、行動を重ねること – バートンたかみ(WA)

3/16/2026 | 私の生き方 in アメリカ インタビュー

今回は、ワシントン州(WA)で株式投資を続ける一方で、不動産投資家として不動産ライセンス及び総合建設業のライセンスを取得し、住宅の購入からリノベーション、販売までを手がけているバートンたかみさんにお話を伺いました。

1. アメリカに来た経緯を教えてください。

日本で金融の仕事に携わっていましたが、海外での生活に憧れ、1989年に渡米してワシントン州で英語を学びました。その後、現地で旅行会社に勤めましたが、ビザの関係で一度帰国しました。再び渡米して大学に通い始めましたが、家庭の事情で帰国せざるを得ませんでした。日本で仕事に従事していた頃、旅先で夫と出会い結婚しました。以降は、夫の仕事に伴いアメリカ各地を巡る生活となり、主婦として家族を支えてきました。

2.現在のお仕事、あるいは今、情熱をもって取り組んでいること、好きでやっていることは何ですか?

不動産投資家として、物件の可能性を見極めながら古い住宅を購入し、大規模なリノベーションを行っています。インテリアデザインから工事全体の管理まで一貫して担当し、住まいとしての魅力と価値を高めたうえで、最終的な売却まで関わっています。

なかでも特に好きなのはインテリアデザインで、物件ごとに異なる個性を生かし、さまざまなスタイルの住まいへと生まれ変わらせてきました。これまでに約40件の住宅を手がけ、売却してきたことは、大きなやりがいであり誇りでもあります。

3.その仕事をすることになったきっかけは何ですか

日本でインテリアやデザインを専門的に学んだ経験はありませんでしたが、夫が仕事で家を空けている間に職人を手配し、古い自宅の修理やリノベーションを少しずつ手がけるようになりました。やがて誰がこの家を手がけたのかと尋ねられるほど評価され、売却にも4回成功しました。

そんな中、結婚9年目に夫を亡くし、私の人生は思いがけない方向へ進みました。頼れる助言者も支援者もいない中で、これから先を自分の力で切り開いていかなければならない現実に直面しました。そんな時、家のリノベーションならできそうだと手応えを感じたので、不動産投資を学ぶ決意をし、多額の費用をかけて講座に参加しました。

自宅を担保に融資を受け、その資金で購入した小さな家が、私にとって最初の投資物件でした。そこで利益を上げ、学費を回収できたことがきっかけです。クラスの内容自体は特別なものではありませんでしたが、学んだことをすぐ行動に移す大切さを知りました。実践を重ねる中で、家の購入やリノベーションを経験し、その積み重ねが現在の学びの基礎となっています。

事業を進める中で必要性を感じ、総合建設業のライセンスを取得しました。さらに活動を本格化させるため、投資用の会社と建設業の会社をそれぞれ設立しました。また、従業員を雇わず、各専門職の方々にサブコントラクターとして仕事を依頼してきました。失敗もありましたが、何年も続けるうちに良い人たちが集まり、チームが形成されました。

4. その仕事の楽しいところ、大変なところ、楽しいところは?

多くの工程を重ねながら、自分の思い描いてきたイメージを一つひとつ現実の空間へと立ち上げていく。そのビフォーアフターの劇的な変化を目にする瞬間が、この仕事を続ける最大の喜びです。

仕事に没頭するあまり、完成写真を撮りためたり、ポートフォリオを作ったりすることはありませんでした。宣伝活動は行っていませんが、それでも約20年にわたり、一度も自分から仕事を探したことはなく、紹介や口コミだけで仕事が続いてきました。人から人へつながっていく、昔ながらのやり方で十分だと感じています。

家のリノベーションでは、建物だけでなく庭や景観のデザインまで自ら考え、手がけています。また、庭仕事は長年の楽しみで、花や植物、土に触れる時間が好きで、時間があれば農業にも挑戦してみたいと思うほどです。土や石の扱い、植栽の配置などは、すべて実践を通じて身につけてきました。自宅の庭の手入れや維持管理など、やるべきことは常にありますが、その手間も含めて、この生活を楽しんでいます。

ただ、アパートの賃貸をしていると、家賃を滞納されたり、立ち退きを拒否されたりと契約違反のトラブルで悩まされることもあって、なかなか一筋縄ではいかないこともあります。

5. アメリカ生活で、苦労したこと、日本に帰りたくなった体験があれば、教えてください。

人からは「大変だったでしょう」と言われることもありますが、日本に帰りたいと思ったことは一度もありません。頼れる場所がなかったことが、結果的に私を強くしてくれました。誰にも頼れなかったからこそ、自立でき、ここまで来られたのだと感じています。

私にとって一番大切だったのは、キャリアを積むことではなく、母親になることでした。子どもとの時間を何より大切にしたいという強い思いからこの働き方を選びました。健康で活発な三人の子どもを育て、家族が仲良く、犬も含めて一緒に色々なことができる日々を、幸せだと感じています。自分の中では、苦労よりも幸せを感じる気持ちのほうが大きいです。

バートンたかみさんとお子さんたち

6.アメリカにきて、自分が成長したとおもえるようなきっかけ・ 体験談ありますか? 

もともと適応力は高いのかもしれませんが、毎日さまざまな課題に対応する中で、多くのことを学んできました。英語がうまく話せなければ、誰にも相手にしてもらえないという現実も痛感しました。その一方で、膨大な資料や契約書を読み込み、建築基準や建築許可の手続きを一つひとつ理解し、知識を着実に身につける必要がありました。語学学校や本で学んだ英語よりも、実際に仕事をし、数多くの手続きを経験する中で身につけた英語の方が、はるかに実用的だと感じています。また、この仕事には判断力と行動力が不可欠ですが、ありがたいことに、この二つは私の強みでもありました。経験を重ねるにつれて着実に力を伸ばすことができたと思います。

そして、私の目標は、人生の選択を自分の意思で決められる経済状態にたどり着くことでした。主人が亡くなったときに自分に誓ったことで、数年前にその目標を達成し、今は仕事も住む場所も自分で選べるようになりました。困難を乗り越えたというより、選択肢を持てるようになった実感が大きいです。アメリカでの経験は、自分の中にあった力を引き出してくれました。

7. 今後の夢や目標は?今後の活動をどうやって進めていきたいですか?

正直に言ってあまりにも忙しい人生でした。だから今後の目標は、何かを新しく増やすことよりも、意識的にスローダウンすることだと思っています。立ち止まることが苦手なので、仕事を選び、あえて受けないという決断をすることを心がけています。

仕事量を減らした先に思い描いているのは、より自由な時間の使い方です。高齢の犬と過ごす時間を大切にしたいですし、旅行の計画を立てるのも楽しい。今後は旅行の頻度も増やしていきたいと考えています。理想としては、半年働き、半年は世界を巡る生活です。英語が通じない国でも問題ありません。自分が心から楽しいと感じられることに、より多くの時間を使っていきたいと思っています。

バートンたかみさん 旅行

8.アメリカにいて、やりたいことが見つからなくてもやもやしている日本人へのメッセージはありますか?

私は、語学力も経験も不足していましたが、必要に迫られ、行動しながら学んできました。準備が整うのを待っていては前に進めないと感じ、失敗を重ねながらも続けることで、少しずつ道が開けていきました。

また、若い頃から自分に投資し、学び続けることの大切さを実感しています。特別な情熱があったわけではありませんが、数字が得意だったこともあり、マクロ経済や市場の動きを学んだことは、判断を迫られる場面で大きな支えとなりました。知識と経験を積み重ねることで土台が整い、やってみれば何とかなるという自信につながったと感じています。

そして、大切なのは、人生の軸を持つことです。何をしたいか、何を大切にしたいかを明確にすることです。私の軸は家族の健康と自分の自由でした。家族が健やかで日々の生活が成り立つことを最優先にしていたからこそ、頑張り続けられたのだと思います。

★Interviewerのあとがき

バートンさんが「自分の肩書は子どもと犬の母親です」とおっしゃった言葉が心に残っています。忙しい日々の中で、食事は手作りし、家事もすべてこなしながら子どもと向き合い、仕事と家庭を両立させてきました。お子さんのお話や、限られた時間を有効に使う工夫からは、何よりもお互いを思いやる温かな親子の絆と、母としての深い愛情、そして強さが伝わってきました。

お話を伺い、才能は「見つけて育てていくもの」だと改めて感じました。バートンさんのように、自身の価値観を大切にしながら、学んだことをすぐに実践へと移し、日々の学びの中で立ち止まって振り返り、「次はこうしよう」と発想や工夫を重ねていくことが、着実な成長につながるのだと思いました。

インテリアデザインという天賦の才に、アートの感性や数学的思考、行動力、判断力を掛け合わせ、自分の強みを生かせる分野で努力を重ねたことが目標達成につながったのではないでしょうか。挑戦を続け、失敗を恐れず経験を積み重ねる中で培われた学びが、確かな実力と自信を築いたのだと感じました。

何歳でリタイアするといった決めごとは特にないそうですが、これからもゆったりとした時間の中で素敵なリノベーションを届けてくださることでしょう。今後のご活躍も楽しみにしています。

取材・執筆:ビュフター一枝

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