私の生き方 in アメリカ

#29. 思いを叶えられるのは、行動した人。可能性を信じて病気の解明に向き合う―濱中玄(MA)

10/29/2024 | 私の生き方 in アメリカ インタビュー

今回は、マサチューセッツ総合病院/ハーバードメディカルスクールでインストラクターとして、脳卒中(特に脳梗塞)と認知症の基礎研究をしていらっしゃる、濱中玄さんをご紹介いたします。

1.アメリカに来た経緯を教えてください。

日本で博士号をとった後、1年間は研究員、その後5年間大学の講師をしていました。その任期が切れる前から次の仕事を探してはいたんですが、なかなか決まりませんでした。学生の時からアメリカで働いてみたいと思っていたので、一回きりの人生だしやってみようと思い、募集しているところを見つけては履歴書を送っていました。今の職場の上司から最初に連絡が来て、面接の後採用をいただいたのでアメリカに来ました。アメリカは今年で8年目になります。

日本では発生生物学という生物の研究をしていて、ウニとヒトデを材料としていました。一般的な研究手法を一通り習得していたので、その知識や技術があればどこでも研究ができるだろうと思っていました。研究というのは常に勉強をしていかなければならないものです。研究テーマが変わっても勉強することには変わりないから、研究分野が変わってもいいと考え、脳卒中や認知症の研究室に応募して運良く採用してもらえました。

2.現在のお仕事を通して、情熱をもって取り組んでいることは何ですか?

私がいる研究室では、脳卒中(脳梗塞)と認知症(アルツハイマー型認知症と血管性認知症)の研究をしています。基本的には脳卒中や認知症がなぜ起きるのか、また修復時にどのような事が脳に起きているのかを解明することを目的としています。なぜこの研究をしているかというと、脳梗塞にしても認知症にしても、今はまだそれらを治す薬がないからです。「何で脳梗塞や認知症になるの?」という基本的な原因(メカニズム)がはっきりしていません。血管が壊れた部分から脳の組織に影響が出ることはわかっていますが、何が実際に脳の中で起きているのかというのはまだ解明されていないことが多いんです。私たちの研究は、薬を作ることに直結していませんが、病気がなぜ起きるのか、その病気が何かという根本を理解するための研究です。でも、一番の理想は私たちのような研究者が研究をしなくてもいいように病気が全て解決することだと日頃から思っています。

3.現在のお仕事で大変なこと、その反対に楽しいことを教えてください。

研究に対しては大変だと思ったことはないですね。楽しんでいます。データが出ない時は嫌ですが、絶対どこかにゴールや突破口があると考えていれば、それは苦労とも思いません。ただ研究室には多様な国籍の人が集まっているので、研究倫理の違いが大きいことから、コミュニケーションをしっかりとらないといけないし、日本の感覚で研究をしていると日本人が損をすると感じることはあります。そこが唯一難しいです。以前はフェローという立場でしたが、今はインストラクターという中間管理職のような立場になりました。立場上、一緒に働く人たちの意識を変えていくことが一番大変かなと思います。

楽しいことは、誰も知らないことを真っ先に自分が知れることです。研究で出た結果は、最初は世界で自分しか知りません。それを最初に見ることができ、家に帰ってワクワクしながらお酒を飲んでいる時が一番楽しいです。もちろん毎回期待した結果が出るわけではありません。研究は100回やって1回うまく行けばいい方で、家に帰ってきては今日もダメかと思うことの方が多いです。実験としてはうまく行ってもデータとして使えず他のことを考えないといけないこともあります。でも、考えること自体が楽しいですし、一つ結果が出た時に笑顔で家に帰ってきて、ゆっくりしている時が一番いい瞬間です。

4.アメリカ生活で苦労したこと、日本に帰りたくなった経験はありますか?

日本に帰りたいと思ったことはまったく無いんです。アメリカに来た時に前の仕事の契約が切れていて、縛られるものがなかったので片道航空券で渡米しました。現在、上司も私も一年契約なので、常にこの一年をどう次に繋いでいけるか考えながら研究をしています。

生活面でも周りの人に恵まれました。元々は人見知りで、自分から人に声をかけるのが苦手でした。アメリカに来てからは人に聞かないと何もできず、自分から声をかけざるを得ませんでした。それができるようになると、悩むことはないな、聞けばいいのかと思えるようになりました。楽観主義者なこともありますし、好きでアメリカに来たので、大変と感じるようなことも楽しんでいた気がします。

5.アメリカに来て、自分が成長したと思えるような体験談はありますか?

日本にいた時からコミュニティに縛られるのが好きではなく、アメリカに来てからも好んで参加することはなかったのですが、1年半くらい前に友人に誘われて、日本人が集まる朝会に参加しました。そこは私が想像していた日本人の集まりとは違って居心地が良く、今では毎週参加しています。そこでの出会いは自分にとって大きかったです。以前は自分のことを話さなかったし、数人の心を許せる人と話ができればいいと思っていましたが、その朝会で自分と全く違うバックグラウンドを持つ人と出会って色々な考えを知れるようになりました。

今年は縁あって、ボストンで毎年開かれるボストン日本祭りに実行委員として参加し、慶應義塾大学の出身者が集まるボストン三田会の幹事もしています。幸運にも私の周りには、人のために見返りなく行動できる人が多く、そういう方たちと付き合ううちに、人と接する時に自分が主語ではなく周りの人の視点で行動するようになりました。日本にいた時よりも周りの誰かのことを考えるようになった気がします。

6.今後の夢や目標を教えてください。

私の研究での一番の目標は今の上司にノーベル賞を取ってもらうことです。自分が取るのではなく上司にとってもらいたいんです。日本で仕事が見つからない時に今の上司に雇ってもらいました。異分野の人を雇うのは相当勇気がいったと思いますが、アメリカに来て初めて上司にお会いした時に「実は行き詰まっていて何か新しい視点からの知識が欲しかった。だから一緒に働いてもらいたいと思いました」と言っていただきました。その時に、何があってもこの人にノーベル賞を取ってもらいたいと思ったんです。

個人としての目標は死ぬまでに一度ボストンマラソンを走りたいですね。ボストンマラソンは今の私の年齢で3時間10分以内という速い記録を持っていないと出場資格がないので、諦めていたんです。でも去年実際のレースを見て、あの雰囲気に感動して、やっぱり走ってみたいと思いました。やらないでぐちぐち言っているくらいならやってダメだった方がいいなと、今は色々挑戦しています。

7.これから何かを始めようと思っている方にメッセージをお願いします

日本で仕事を探していた頃、元々の研究分野で探すか、もしくは研究分野を変えてもアメリカでの仕事を探すかを選択する時に、アメリカで研究したい思いを叶えようと研究分野は絞りませんでした。そして、今の職を得ることができたのはたった一通のメールを送ったことです。「行きたいな、やりたいな」と思っているだけなら誰でもできますが、その中で実際に行動した人がやりたいことをできると思います。行動してみて自分と合わないと感じたら戻ればいい話です。研究をする上でもそうなんですが、私は失敗を失敗と思っていません。行動してダメだったことは、ダメだったというボジティブな結果だと思っています。誰がなんと言おうとも、1%でも0.1%でも可能性があるなら行動してみてはどうでしょうか。

★Interviewerのあとがき

この記事の中には書きませんでしたが、今回のインタビューの中では脳卒中やお薬についてのお話を少し詳しく聞かせていただきました。とても興味深いお話でした。濱中さんの言葉は常に前を向いていて、ポジティブな印象を受けました。特に「失敗を失敗とは思っていません。行動して駄目だったこともボジティブな結果」という研究者だからこそ言える言葉は、これから何かを始めようと思っている多くの方の背中を押すものではないでしょうか。アメリカに来てから、私はアメリカ人のように振る舞わなければと思いがちでしたが、濱中さんとお話をさせていただいて、周囲の人の幸せを考えて行動することの大切さも改めて身にしみたインタビューになりました。濱中さんのご活躍をこれからも楽しみにしています。

 

取材・執筆:マーク正恵

 

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